五郎さん


桃吾は、ユウヤと一緒に福々堂でアイスを買った。

店の前の荷台に腰かけアイスをなめながら、まだまだ暑い夏の風景をぼんやりと眺めた。
黒いぐらいに青い空に、むくむくと入道雲が育っている。
それでも、赤トンボの大群は舞い、コスモスのつぼみははちきれんばかりにふくらんで、開花を今か今かと待っていた。 店のすぐ横の大木には、ツクツク法師がびっしりとたかって鳴き競っている。

道の向こうから郵便屋がやって来た。サドルがぎぃぎぃ悲鳴を上げている。
「おお、二人とも。ええもん食うとるの」
丸い顔から汗をだらだら垂らしながら、郵便屋は通り過ぎていった。サドルの上げる悲鳴がいつまでも聞こえていた。
ユウヤがぼそりと言った。
「自転車がこわれるな」
「こわれるな」
桃吾も頷いた。

「お!」
ユウヤが声を上げた。畑のあぜ道を、大きな犬がやって来た。
「五郎さんじゃ」
五郎さんは、雑種のオス犬だ。一応酒屋で飼われているが、放し飼いだからいつも村中を歩き回っている。そして、村中のメス犬の旦那である。 年のわりに体の小さい桃吾などは、狭い路地で行き逢うと思わず道をゆずってしまうほど貫禄があるのだ。
灰茶色の大きな体、大きな耳、大きな口で、顔は怖いがとても頭がよく、人に吠えたりもしない。 いつも悠然と歩き回っては、あっちで休んだり、こっちでおやつを貰ったり好きに過ごしている。

「知っとるか、桃吾」
ユウヤが、ちょっと声をひそめて言った。
「五郎さん…しゃべるらしいんで」
「ほんま!?」
桃吾はアイスを吹き出した。
「トモちゃんが聞いたんやて」
「ほんまか!?」
「トモちゃんがな、五郎さんにソーセージやった時にな、うまいか? ってきいたんやて。そしたらな、五郎さんがな、うまい≠チて」
「言うたんか?」
「言うたんや」
桃吾とユウヤの目の前を、五郎さんが通った。二人は思わず、自分の口をはぐっとふさいだ。
五郎さんはチラリと二人を見たが、また悠々と歩いていった。

「……五郎さんなら、しゃべるな」
「しゃべるな」
堂々たる後ろ姿を見送りながら、二人はうなずきあった。



それからしばらくたって、桃吾はおつかいの帰り道、五郎さんに遭った。
五郎さんは、数の減ったつくつく法師の声に降られながら、涼しい木陰で昼寝の最中だった。

桃吾は少し迷ったが、五郎さんにとことこ近づいていった。ちょうどおつかい袋の中には、ソーセージが二本入っている。

「なあなあ、五郎さん」
桃吾は、五郎さんのそばにしゃがんで話しかけた。五郎さんは知らんぷりだ。
「ソーセージあるで、食べんか?」
五郎さんは片目だけあけて桃吾を見た。
差し出されたソーセージを二口で食うと、五郎さんはうまそうに舌なめずりした。桃吾は、ここぞとばかり言った。
「うまいか?」
「うまい」とこたえる代わりに、五郎さんはごろんと仰向けに転がった。どうやら腹を撫でろといっているらしい。
桃吾は、小さな手で五郎さんの腹やら背中やらを一生懸命撫でた。五郎さんは、それはそれは気持ち良さそうに、グゥと喉を鳴らした。


結局、桃吾は五郎さんに全身マッサージをさせられただけに終わった。



帰りが遅くなったことと、ソーセージを二本とも五郎さんにやったことをお母に叱られた。




五郎さんは、今日も悠々と村を巡回している。