秘密基地にて




夏の初めに、桃吾たちはセンセイと秘密基地を作った。


「秘密基地を作るぞー!」
「おーっ!!」
センセイを先頭に、林業所でもらった木っ端を抱えて、子どもたちはゾロゾロとしんべの森へ向かった。

センセイが目をつけていた大木は、大きくどっしりとした枝ぶりも見事な古木で、枝の間に板を渡せば、けっこう広い基地になりそうだった。
センセイの指導のもと、鋸をひき釘を打ち、子どもたちは十日ほどで、それはそれはりっぱな秘密基地を作り上げた。 屋根があるから雨の日も大丈夫だし、大きな窓にはちゃんとガラスもはまっている。
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!」
完成式では全員で万歳三唱をした。
子どもたちは、秘密基地へ自分の宝物やオモチャを持ち込んで好きに過ごした。 たまにセンセイが、基地の下で焚き火をしてお茶を入れてくれたり、イモを焼いてくれたりした。
村の子どもたちに、新しい遊び場が一つ増えたのだ。 桃吾は、昨日は山へ、今日は川へ、明日は秘密基地へと、毎日毎日忙しかった。


夏が終り学校が始まると、秘密基地もちょっと静かになった。
朝夕が急に冷え込んで、森の木々がいそいそと色づき始める。

おばぁがイモ天をあげてくれたので、桃吾はユウヤと秘密基地へ行った。
基地には誰もいなかったので、二人はイモ天をつまみつつ絵本を読んだ。
森は静かで、基地の屋根に降る落ち葉の音が、かさりこそりと響く。鳥の声が、遠くに近くにきこえる。 徐々に紅葉しはじめた森に射し込む光も、深い黄金色に色づいていた。
桃吾は完成した基地を見た時、基地を乗せている大木の枝が、まるで基地をそっと包んでいるように見えた。 基地の中で木の香りに包まれ静かにしていると、基地の木の一部になっているような気がした。
ここで本を読んだりして静かにしていることは、桃吾は嫌いではなかった。 さっきからユウヤも、黙々と本を読んでいる。時間が、とまっているようにゆったり流れていた。
その時、ふと桃吾の目に止まったものがあった。
部屋のすみっこ。みんなの宝物やらガラクタやらがごちゃごちゃと積まれたわずかなスキ間、埃のたまったそこに、点々と何かの跡がついていた。 光の加減で、偶然に見えた感じだった。
桃吾は匍匐前進で側まで這っていき、よくよくながめてみた。
「なんな?」
桃吾のその様子に、ユウヤも後ろから覗き込んできた。
白い埃の上に浮んだ模様は、米粒半分ほどの「足跡」だった。
「ネズミかの?」
二人は頭をひねった。鼠にしては、足跡はやけにまっすぐで、まるで砂の上を人が歩いた跡のようだ。
「誰かおるんかあ?」
のそりと、センセイがやってきた。
「センセイ!」
「おお、お前らか。お、イモ天!」
「センセイ、センセイ! これなんな?」
桃吾とユウヤはセンセイを部屋の隅へ引っ張ってゆき、その不思議な足跡を見せた。
「ほ〜〜〜ぅ…」
センセイもまじまじと眺めた。
「ネズミか?」
桃吾がたずねると、センセイはニヤリと笑った。
「い〜や。こりゃあ、森の妖精が来たんやな」
「妖精!?」
「妖精か!」
桃吾とユウヤは顔を見合わせた。
センセイは胡座を組んで座りなおすと、しみじみと上を見上げた。秘密基地は、みっしりと繁った大木の枝に包まれている。
「こんだけ大きくて豊かな森だ。そりゃあ、いろんなもんがおるさぁ。キツネやタヌキやリスの他にもなあ」
「妖精も」
「天狗もおる。鬼もおるやろう」
「鬼もか!?」
「神サマもおる」
「……うん。おるな。絶対おるな!」
桃吾もユウヤも目を輝かせた。
「だから、俺はここに秘密基地を作ったんじゃ。ここでお前らが、森のいろんなもんと仲良くできるようにな。 キツネやタヌキやその他のもんと……。やっと、来てくれたんやなあ」
基地の周りには、森のいろんな動物がやって来た。木の実をおいたエサ場には、小鳥やリスや鼠が。周りの草むらには、 キツネやタヌキやシカが行き来し、夜になると木々の間をムササビが飛んだ。
そして、ひと季節が過ぎた今。動物や虫とは別のものがやって来るようになったのだ。
桃吾とユウヤは、すごく嬉しくなった。
センセイも、すごく嬉しくなった。
「桃吾、ユウヤ、このことはお父やお母には言うなよ。妖精のことは、騒がんとそっとしとこう。他のみんなにもそう言うで」
「うん」
「そっとしといたら、妖精はまたきっと来てくれるからな」
「うん!」
桃吾とユウヤは、その日はずっと妖精の足跡を眺めていた。


足跡は、あくる日には埃とともに消えていた。