セインセイ
センセイは、しんべの森の入り口に住んでいる。
何をやっているか桃吾たちは知らないが、村の人はみんな「センセイ」と呼ぶ。
センセイと呼ばれるだけあって、いろんなことを知っている。よそ者らしいが、今ではすっかり村に馴染んでいる。
センセイの家の縁側には、いつも近所のおじぃやおばぁやお父やお母や子どもたち、誰かしらが座り込んで話をしている。
センセイがいなくても、勝手に茶を飲んでいる時もある。その人たちの茶菓子を買いに、センセイはよく福々堂にやって来る。
そこでも、ひとしきり福々堂のおばぁの話し相手をする。
センセイは、子どもたちにいろんな遊びを教えてくれる。
竹と紙で作るヒコーキ遊び、闘クモ、マッチ箱の車を牽かせたカブト虫の競争。
幻燈紙芝居や竹で楽器を作って、村の集会で発表会をしたりもした。
センセイは、よく虫取り網や写真機や画材を持って、森に入ったり山に登ったりしているので家にいないことも多い。
桃吾たちは、主のいない部屋で本を読んだりして帰りを待つこともあった。
センセイの部屋はいろんな本が山のように積んであり、虫や花の標本や、骨や石や写真や人形や、その他変なものがゴロゴロしている。
子どもたちにとっては摩訶不思議な空間だった。山だ川だと遊び場の多い桃吾たちだが、このセイセイの家も、欠かさず立ち寄る大切な場所だった。
子どもたちはみんなセンセイが好きだった。
ある日、桃吾は一人で山に登った。
さわやかな昼下がり。桃吾は気持ちよくて、どんどん山の中を歩いていった。
木漏れ日がきらきら輝いていた。
山の中腹あたりで、ぽかりとあいた岩場に出た。
「お!」
と、桃吾は目を見張った。周辺の山々が見渡せるその場所に、センセイがいたのだ。
「セイセーイ!」
「桃吾? お前、一人か!?」
センセイは、そこで絵を描いていた。油絵だ。
「お前みたいな小さい子が、こんなとこまで一人で来たらいかん。あぶなかろうが」
「山を歩くのは平気じゃもん」
「お前、山葡萄食ったな?」
桃吾は汚れた口元をにんまりさせた。
「いっぱいなっとるとこ知っとるで。センセイにも教えたろうか?」
桃吾は道端の木の実をむしり、湧き水を飲みながら山歩きを楽しんでいた。晩飯用にきのこなどを摘んで帰ることもある。
「たくましいもんじゃ」
センセイは笑った。
桃吾はセンセイの絵を見た。
「これは何の絵な?」
「こっから見える景色じゃ。空、山、森……」
センセイの絵の中の風景は、とても不思議だった。
山は燃えるようで、森は海のようで、空にはジグザグな線やくるくるねじれた線がたくさん飛んでいた。
海のような森では、動物のような虫のようなものが輪になって踊っていた。燃える山には宝石がばらまかれていて輝いていた。
桃吾は、自分の見知った山や森とは、まるで違う顔をした風景に目をパチクリさせて見入ってしまった。みつめていると、なんだかどきどきするような絵だった。
「なんでこんな風に描くん?」
桃吾が問えば、センセイは目の前の景色を見ながら答えた。
「俺にはなあ、この景色がこんな風に見えるんや」
「ホンマか? センセイにはこんなに見えるんか!?」
「そうや」
「この、空を飛んどるもんはなんな?」
「うーん、わからん。とにかく、ビュンビュン飛んでたり、くるくる飛んでたりする」
「森の中で踊っとるんは?」
「うーん、森の神サマやろかの?」
「山でキラキラしとるんは?」
「うーん、わからん。とにかくキラキラ光っとる」
「ふーん……」
桃吾は、絵とセンセイを交互に見た。
「ええなあ。わしもこんなキラキラしたの見たいなあ。なんで、わしには見えんのな?」
センセイは、桃吾の頭をなでた。
「そんかわり、桃吾にゃ山葡萄やきのこの在り処がわかるやろうが」
「ああ、そうか!」
桃吾はすごく納得した。センセイは大笑いした。
「俺にもきのこのある場所を教えてくれ、桃吾。晩飯はきのこ汁じゃ」
「よし、教えたる! 行こう、行こう!」
桃吾は、センセイの描く絵のことはよくわからなかった。
でも、ますますセンセイが好きになった。
大空にいろんな飛ぶものを見る、森の海に神さまのダンスを見る、燃える山に輝く宝石を見る目をしたセンセイが、好きだった。